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京都地方裁判所 昭和32年(行)6号 判決

原告(選定当事者) 松岡与一

被告 京都府知事

主文

被告が昭和三二年一月二四日原告松岡与一に対してなした曾我部園芸農業協同組合設立不認可処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(申立)

原告は主文第一項同旨の判決を求め、被告は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めた。

(主張)

原告

〔請求原因〕

一、原告及び訴外垣本亮一ほか一七名の農民は曾我部園芸農業協同組合の設立発起人であり昭和三一年一〇月五日以来三回の協議会を経て同年同月一五日農業協同組合法第一〇条第一項各号のすべてを事業内容とし、亀岡市曾我部町をその地区とし、その組合資格を定めた曾我部園芸農業協同組合設立目論見書を作成し公示の上同年一一月一三日設立準備会を開催し、定款作成の基本事項を前記目論見書の通り(組合員資格に関する一部の修正があつた)決定して定款作成委員を選任し同委員は右趣旨にしたがつて定款作成のうえ原告等発起人は同年一二月五日創立総会を開催し右総会において定款を承認し事業計画を設定し、預金預入先、貸付金最高限度、貸付利率、借入金最高限度を定め役員を選任した。原告等発起人は同月六日被告に対し曾我部園芸農業協同組合の設立認可を申請したところ被告は昭和三二年一月二四日農業協同組合法第六〇条第二号にもとずき不認可処分をしてその旨原告等に通知した。

二、しかしながら曾我部園芸農業協同組合は健全に運営しうるものでその上何ら公益に反するものではなく同条同号には該当しないから右不認可処分の取消を求める。

〔被告の主張に対する答弁〕

三、原告等曾我部園芸農業協同組合設立発起人は曾我部農業協同組合の組合員であつたが同組合は昭和三一年度役員改選以後組合の使命を忘れ特定人の利益のみをはかり組合員の生活の基礎である園芸作物の販売、生産資金について何等配慮しなくなつたため、右発起人等園芸に関係する農民が集り曾我部園芸農業協同組合を設立するに至つた。

曾我部園芸農業協同組合は昭和三二年三月二五日出資金一、〇〇〇、〇〇〇円、組合運営資金一、四〇〇、〇〇〇円を株式会社京都銀行亀岡支店に預金し現在民法上の組合として組合員八〇名に上り、同年二月一〇日以降同年五月三〇日迄の間肥料生姜種の共同購入取扱高は一一、九八〇、〇〇〇円であり販売高は年間三〇、〇〇〇、〇〇〇円を越える見込みであつて健全な運営を続けている。経営規模が小さいとの一事をもつてただちに事業が健全に行われないとは云えない。亀岡市内にある神前農業協同組合、吉川農業協同組合は既存の曾我部農業協同組合よりはるかに小さな規模をもつて健全に運営している。

曾我部園芸農業協同組合の信用事業は、その組合員が曾我部農業協同組合より生産資金の貸付を受け得た時はこれを行わない条件であり、信用事業を行うこととしている一事をもつてしては不認可の理由とはならない。

被告

〔認否〕

一、原告主張事実第一項はみとめる、第二項は争う。

〔主張〕

二、原告が設立しようとしている曾我部園芸農業協同組合は、すでに昭和二三年三月設立された曾我部農業協同組合と区域並に事業が全く同一である。曾我部農業協同組合には同区域の農民の殆ど全部が加入し、従来組合員の園芸作物の販売及び生産資金の融資について活溌な事業を行い、最近においては従来以上に対策を講じその点について組合員に何等の不安も与えていないから新組合を設立する必要はない。

新組合の設立によつて組合員である地区農民の園芸作物の販売が円滑に行われず農民に損害を生じ、ひいてはその地区の農民のみならず他の地区の農民にも無用の混乱を生ぜしめることになり公益を害する。

曾我部園芸農業協同組合は定款により事業の内容として信用事業を行うことを定めているがこの点において曾我部農業協同組合の事業と競合するとき、曾我部園芸農業協同組合に加入した組合員より曾我部農業協同組合からの預金引出しが行われ、双方ともその適正な運用が保証されないため地区農民に混乱を惹起し、信用事業の公共的性格からみて公益を害することが著しい。

三、曾我部園芸農業協同組合に参加を予想される農民は約三〇名の少数でありこれは全国の単位農業協同組合一組合当り平均組合員数(昭和二八年度)は五九四人であること、又全国で最小規模に属する京都府での平均は四二四人であることからみてもはるかに小規模のものと云わざるを得ない。この様な小規模な組合では事務費が相対的に過大となり欠損組合となることが多い。

曾我部園芸農業協同組合の事業計画書からみれば相当多額の経費を要することが予想され、少数の組合員ではその負担に堪え得ず、その事業の健全な遂行はなし得ないと考えられる。

以上の理由によつて不認可処分をなしたのである。

〔原告の答弁に対する主張〕

四、曾我部園芸農業協同組合の設立発起人のうち円山林三郎等相当数が生姜の販売関係についてのみ新組合に参加しているとみられ、定款に規定されているような綜合農業協同組合の設立について完全な意思の協同があるとは云えない。

原告主張の民法上の組合は生姜の取扱を中心としているから取扱量には限界があり又肥料については曾我部園芸農業協同組合設立発起人が曾我部農業協同組合を比較的よく利用し、右既存の農業協同組合の昭和三二年度春肥取扱量は一、一〇〇、〇〇〇円増加していることからみても、原告主張の組合の肥料取扱量がそれほど多額に上るとは思われない。

神前農業協同組合は組合員数一二九名、吉川農業協同組合は一七一名でいずれも曾我部園芸農業協同組合に参加を予想される約三〇名よりははるかに多く、しかも前記両組合の事業は信用事業中心で一般綜合農業協同組合とは事業運営方針が異り、又必ずしも健全運営をしているとは云いえない。

曾我部園芸農業協同組合が信用事業をなすことはその定款に記載されているところであり、設立された以上これが行われることは必至である。

(証拠省略)

理由

一、曾我部園芸農業協同組合設立の経過

(一)  原告及び訴外垣本亮一ほか一七名が曾我部園芸農業協同組合(以下園芸農協と略称する)の設立発起人となり昭和三一年一〇月五日以来三回の協議会を経て同年同月一五日農業協同組合法(以下農協法と略称する)第一〇条第一項各号のすべてを事業の内容とし、亀岡市曾我部町をその地区としその組合資格を定めた曾我部園芸農業協同組合設立目論見書を作成し公示の上同年一一月一三日設立準備会を開催し、定款作成の基本事項を前記目論見書の通り(組合員資格に関する一部の修正があつた)決定して定款作成委員を選任し、同委員は右趣旨にしたがつて定款作成のうえ原告等発起人は同年一二月五日創立総会を開催し、右総会において定款を承認し、事業計画を設定し預金、預入先、貸付金最高限度、貸付利率、借入金最高限度を定め役員を選任し、原告等発起人は同月六日被告に対し曾我部園芸農業協同組合の設立認可を申請したところ、被告は昭和三二年一月二四日農業協同組合法第六〇条第二号にもとずき不認可処分をしてその旨原告等に通知したという事実については当時者間に争いがない。

(二)  園芸農協がその地区とする亀岡市曾我部町には、同町の農家の大多数を構成員とし農協法第一〇条第一項各号のすべての事業を行ういわゆる綜合農協である曾我部農業協同組合(以下既存農協と略称する)が存在することは原告の明かに争わないところである。原告本人の供述によれば右地区内では農地のうち米作には二八〇丁歩が、西瓜、トマト、瓜、山芋、白菜、生姜等の園芸作物の生産に五二丁歩があてられ、その作物は多く市場に出荷販売されていること、証人林助太郎、同多田一実、同斎藤健一、同六島正一、同右川正美、原告本人の供述によれば、同地区の農家でその収入の半分以上をこの園芸作物に依存しているものが相当の数に上り、園芸農家の中には既存農協の園芸作物の取扱い特に集荷、販売の方法について不満をもつものがあつて、それらが既存農協とは別個に出荷組合を組織して市場にあるいは直接需要者に出荷販売していたこと、そして原告を中心とするこれらの農民が本件園芸農協を組織するに至つたことがそれぞれ認められ、又成立に争いのない甲第一号証の二、三、七、八、及び原告本人の供述によると園芸農協には昭和三一年一一月一三日の設立準備会には約三〇名の、総立総会では約七〇名の参加者があり、設立認可申請当時約三八万円(一口一万円)の出資金の払込があつたこと、その具体的な事業としては蔬菜類の販売事業約二〇〇〇万円、肥料農機の購買事業約一五〇万、貯金の受入、貸付の信用事業、園芸作物の生産指導事業を計画し、現在は出荷組合として主に生姜の共同出荷、及び肥料の共同購入を行つていることが認められる。一方証人鹿島栄三郎の供述によつて真正に成立したと認められる乙第九号証及び証人石田磯一郎の供述によれば昭和三二年以降既存農協においても、園芸作物の取扱いについて指導の組織化、集荷の強化、荷受機関である青果業者の増加、手数料の引下げ等の措置をとり、園芸作物の出荷に既存農協を利用する農民が増加していることが認められる。

二、園芸農協の事業の健全性

(一)  被告は園芸農協はその事業が健全に行われず、かつ公益に反すると認められるから農協法第六〇条第二号によりその設立認可の申請を不認可とすべきものであると主張するので、まず右の規定の意味するところについて検討する。農業協同組合は一定地区の農民がその農業経営上の共通利益を擁護し、その収益を増大するために協同活動する自主的な私的な団体であり、元来その設立は何等制約のないものでなければならない。農協法もその趣旨のもとに昭和二二年制定当時は設立手続、定款、事業計画に法令違反のない限り原則として設立認可を与えなければならないという立場をとつていた(昭和二九年法律第一八四号による改正前の同法第六〇条)。しかるに証人大和田啓気も述べているようにその後事業不振、債務超過殊に預金の支払を停止するに至る様な組合が発生し、これに対する監督の強化、助成、合併促進の措置とともに設立の面でこれを規制するため昭和二九年に前示の現行法第六〇条第二号が加えられたのである。

しかし右の改正によつて農業協同組合が自主的な私的な団体であるという性質が根本的にかえられたというわけでなく、又規定の上でも組合の設立認可は原則として与えられることになつており、不認可とされるのは例外的な場合とされているのである。故にこの様な規定は厳格に解釈されなければならないのであつて、協同組合の健全性、公共性というのも、理想的な協同組合像を基準とし、農民に実際に農民の経済的利益を向上しうるかどうかというような積極的な観点から考えることは妥当でなく、むしろその組合の存在によつて組合関係者乃至は公共に経済的な損失を招来することがないかどうかという消極的な観点から解釈されなければならない。

このような前提のもとに同法第六〇条第二号の「その事業が健全に行われず」とは組合員もふくめて組合と取引関係に立つ組合債権者の保護という点から、支払不能に陥らないこと、拡く考えても債務超過となる即ち経営体としての健全性を欠く場合を意味すると解され、又「公益に反する」ということはその組合の存在が組合に直接関係をもつもののみならず、組合の存在する地方に経済生活を営むもの一般に財産上の損失を惹起し、あるいは損失の危険をまねく(例えば預金の取付けのような)ということを意味すると解されるのであつて、同号によつて農協の設立を不認可とするためには、このような健全性、公益性をともに欠く場合でなければならないのである。

(二)  次の本件園芸農協が健全に運営されないと認められるかどうかについて判断する。被告はこの点について園芸農協が組合員の数において小規模であると主張する、前に認定した通り園芸農協は創立総会に出席した農民は約七〇人にすぎず、鑑定人若林の述べる特小規模に属するものであることは疑いのないところである。右鑑定人によればこの様な小規模組合では取扱量が少いので大量取引の有利性を利用することが出来ず、又資金の吸収量が少いため資金繰に困難を生じ、経費が割高となり、特に事業量に比例しない固定的費用についてそれが著しく、組織の力よりもむしろ役員個人の能力に支配される面が大きく、したがつて不測の損害に対しぜい弱で不安定であつて充分協同組合としての機能を発揮することが出来ず、不健全な経営に陥る素因をふくんでいることは認められ、証人山下国長の供述により真正に成立したと認められる乙第八号証(農協の経営規模)のB第四表同参考表によれば昭和二八年度京都府下の組合員数七〇〇名以下の組合では組合員数一〇〇人の各段階毎に三〇乃至四〇%(しかし大多数とは云いがたい)の欠損組合のあることが認められる。しかしながら一方同鑑定人によれば小規模の組合でも米麦の取扱によつて確定した取引量を確保し、且つ役員に人を得て経営方針の宜しきを得れば欠損となることなく経営を行いうると云うのであり、又証人大和田啓気の供述によれば農業協同組合の事業がふるわず、貯金の支払停止にまで至る組合の発生した原因は、戦後デイスインフレに移行した時期において組合役員が経営上の措置をあやまつたことが根本的であり、更に役員の不正行為、資金の利用加工設備へのこげつきがあげられるのであり又前示乙第八号証C第四表及び鑑定人若林秀泰の供述によれば、信用事業では欠損の出ること少く、購売販売事業も委託売買の方法をとるときはそれによつて欠損の生ずる余地はなく、加工事業では欠損が生じやすいが、この場合も組合の規模に左右されているとまでは云いきれないことが認められる。このような事実からみると大規模であることは望ましいことには違いないけれども、小規模であるということからは直ちに健全な運営がなりたたないことを推測することは出来ない。

更に本件園芸農協について具体的に健全な運営がなりたたないかどうかを検討しなければならないことになる。成立に争いのない甲第一号証の八(事業計画書)に示された園芸農協の収入計画が確保されるかどうかは組合員がどの程度組合を利用することが予想されるかどうかということに主としてかかつてくるのであるが本件の場合前示の通り園芸農協が地域とする亀岡市曾我部町にはすでに綜合農協が存在し、園芸農協の設立によつていわゆる農協の競合が生ずることは明かであり、証人林助太郎、同多田一実、同斎藤健一、同六島正一、同右川正美の供述によれば同人等は園芸農協と既存農協の両者の組合員となり、両者ともに利用する意思であると認められるのであつて、そうなれば組合の販売購売の取扱量はいづれの農協にとつても浮動的になることは一応考えられる。しかし現在でも曾我部町の園芸作物については既存農協とは別に出荷組合がありこれを通じて蔬菜類が集荷販売されていることは前示のとおりであり、前記証人等も園芸農協を園芸作物について利用する意思であることをのべているのであつて農協の競合する事実のみからただちに特に園芸農協にその予定通りの必要な収入が確保出来ないと断定することは出来ない。そうすれば更に既存農協、出荷組合の業績、その地域の農民の生産量、組合の利用率等から、より具体的に園芸農協の収入計画を検討しなければならないことになるが、本件で提出された証拠をもつてしてはこの点について判定して、園芸農協の予定された収入の確保出来ないことを認定するには不充分である。被告は信用事業を行う農協が競合する場合、預金の獲得競争から予測不能な預金の引出が行われることになり健全な経営の期しがたいという趣旨の主張をするのであるが、園芸農協に参加しようとしている農民乃至は既存農協の組合員がどの程度預金貸付について他の金融機関でなく協同組合を利用しているのか明かでない本件では、競合の事実からただちに園芸農協の信用事業が破綻する危険性が大きいとは結論することは出来ない。次に経費支出の点についてみると、前示甲第一号証の八によれば、園芸農協の固定的経費は六〇%をうわまわり鑑定人若林秀泰の述べる小規模組合における五三%という割合をうわまわるものであり、又職員としては二名を予定していてこれを前示乙第八号証A第四、五表と対比すると農協の職員数としては稀に見る少い例であることはわかるけれども、これまでの協同組合経営の経験に照して果して事業計画書に予定された支出計画が不合理でありこの程度の経費でまかなうことが困難であるかどうかは本件で提出された証拠をもつてしてはいまだ判定することは出来ない。また役員が有能でありかつ経営方針が適切であることが農協の健全な運営のためには重要な要素をなすものであることは前示の通りであるが、これも本件において提出された証拠をもつてしては本件園芸農協の役員が経験、能力、信用よりみて農協の健全な経営に適しないと認めるに充分でない。要するに組合が小規模であること、又組合の競合がおこることを抽象的に主張し立証するのみでは本件における園芸農協が前示の意味において事業が健全に行われないかどうかを予測するについて決定的なものは存在しない。この点の判定は組合の規模と共に更により具体的に当該地区特に組合員となるべき農民の生産量、収入、協同組合利用の程度、役員となる者の経営能力信用等を基礎とし、同種の農協における過去の経営の実態と対比して合理的に高度の蓋然性をもつてなされなければならないのであり、本件で立証された事実のみではこの判断の基礎資料としていまだ不充分である。

したがつて本件園芸農協自体が事業を健全に行い得ないと認めるにたりる証拠がないことに帰着する。

三、結論

農協法第六〇条第二号によつて農協の設立を不認可とするには「事業が健全に行われない」ということと「公益に反する」ということとを共に必要とするのであり、前者の要件を充すと認めるに足りない以上公益性についての判断をするまでもなく本件不認可処分は失当であるからこれを取消すこととする。訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 中村捷三 尾中俊彦)

(別紙選定者目録省略)

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